森林セラピーをはじめ、自然が持つ癒やしの効果に大きな期待が寄せられていますが、今回オフラボが注目したのは、自然の中にある「音」。きっと多くの人が“聴いて”いるのではなく、無意識的に“感じて”いるであろう、「隠れた音」のストレスオフ効果を探ります。
■時代の変化で失った「自然音」
日々の中で人が得ている情報の多くは視覚からであり、それは全体の50%とも70%とも。しかし、もっと無意識的に、ほぼ切れ目なく情報をキャッチしている感覚があります。それが「聴覚」です。朝は目覚まし時計のアラームで起き、バタバタと家族が動き回る音にテレビのニュース。通勤の電車のホームではさまざまな音が入り乱れ、会社に着けば、電話のベルや会話、コピー機のせわしない機械音。そして始終手放せないスマホ……。プライベートな空間がどんなに静かなようでも、空調や冷蔵庫のラジエーターなど、何かしらが音を発しているものです。
このようなビジーな暮らしを技術革新が進んだ産業革命以降とするならば、およそ200年程度。約50億年にもなる人類の長い歴史の中では、情報化が加速している現代社会はまさに異常事態なわけですが、ではそれまでは無音だった? そうではありません。人は“ある音”と共に生きてきました。それが「自然音」です。
■自然がもたらすリラックス効果を、千葉大学の研究チームが実証
「自然の中にいると、癒やされる」、きっと多くの人が実感を伴って共感できることでしょう。自然がもたらすリラックス効果については、さまざまな調査・研究が進んでいます。千葉大学環境健康フィールド科学センターの宮崎良文教授の研究チームは、片方のグループには森を散策させ、もう片方のグループには都市の中心部を歩かせる実験を実施。コルチゾールを比較したところ、森を散策したグループは、都市部グループよりもコルチゾールが減少、血圧、心拍数も優位に低下したそう[1]。オフラボの「ストレスオフ県ランキング」でも、今年、愛媛県が第1位だった要因の一つに“恵まれた自然環境”があると、脳科学者の有田秀穂先生が分析しています。
自然の中にある「音」も、リラックス作用をもたらす一つです。思い浮かぶのは、鳥のさえずりや小川のせせらぎ、風が揺らす葉のざわめきなどではないでしょうか。1/fゆらぎと呼ばれる自然界の心地のいいリズムを持っていることで知られていますが、今注目を集めているのは、きっと、多くの人が気づいていない音。自然音の中に含まれた“隠れた音”に、ストレスオフに有用な効果があるようなのです。
■可聴領域20Hz~20kHzを超える音のストレスオフの可能性
人の可聴領域(音を聞き取れる聴覚の限界)は20Hz~20kHzとされてきました。しかし、近年の研究により、人によっては20kHzを超える高周波数音を感知できており、さらにその音域が、(感知できない人でも)ストレスを低減する可能性があることがわかってきました[2]。長らく可聴領域を逸脱する音に関心が払われなかったため、現代の都市生活の中でこの音域を含む音はほとんど存在しません。では、どこに? そう、先ほど例に出した水の音や葉のこすれあう音。人類が長らく共にしてきた自然音に、20kHz超の高周波数音が含まれているのです[1]。
新日本空調(株)技術開発研究所は、そんな音を長野県茅野市の上原山林間工業公園で録音(ハイレゾ音源)。また、そこからあえて20kHz以上の周波数をカットした音源(ローパス音源)も作成し、両方を7人の被験者に聞かせて、自律神経機能にどのような違いが出るのかを2回に渡り半無響音室で実験しました。結果は、LF(交感神経)/HF(副交感神経)の平均値はハイレゾ音源が2.2、ローパス音源が2.8。値が小さいほど副交感神経優位であることから、被験者は20kHz以上の音の方がリラックスすることが実証されました。
自律神経バランスの実験結果
出典:新日本空調(株)技術開発研究所 「技報」No.21,2015
山をハイキングしている時、海辺で佇んでいる時。無意識に聴覚が感じている“隠れた音”がストレスオフに。意識して聴こうとする必要はなく、ただ、自然の中に身をゆだねるだけ。遠出しなくても、緑の茂った大きな公園でも効果が確認されています。「ここのところ自然が足りていないな」と感じたら。どうぞ次のお休みは、自然の中へ。
【参考文献】
[1]日本における森林医学研究 宮崎良文, 池井晴美, 宋チョロン 日本衛生学雑誌 69(2): p.122-135( 2014)
[2]自然環境の発する音(超高周波数音)が人に与える影響 石田光男, 齋藤順子, 永井正則, 岩間貴司, 山田博之 山梨県総合理工学研究機構研究報告書 5巻 p.55-58(2010)
取材・執筆:オフラボSTAFF
監修:JVCケンウッド・ビクターエンタテインメント エンタテインメント・ラボ